帰国。
2006年1月28日(土) |
朝の飛行機でゴロカを発ち、POMでチェックイン。夢心地の1週間もあっという間に過ぎてしまいました。成田の大雪で飛行機が欠航になったときは一体どうなることかと思いましたが、家族はみな大満足で帰るのが惜しいように見られます。
13:30みな椅子から立ち上がりました。成田への直行便は14:15発です。 |
ココポの病院前通り。
飛行機の残骸のあった村の少年。
地震観測所より。 |
ゴロカは改めて良いなぁと感じた旅でもありました。両親はその辺に生えている植物など何を見ても感動するのです。豚が歩いていれば大興奮だし、まずいと思っていたとうもろこしも「懐かしい味だねぇ」とぱくぱく食べていました。
それにしてもラバウルは良かったなぁ。。戦跡の数々、想像を絶する火山とそれによってつぶされた町。何かを感じずにはいられない町です。ぜひもう一度行きたい。
遂に成田行き飛行機が飛び立ちました。家族はラバウルでもゴロカでも人や動物、植物、目にするもの全てに感激していました。1週間の滞在で我が家族はパプアの大ファンになりました。万感の思いを胸にパプアニューギニアの地を空から眺めていることでしょう。
「ラバウル小唄」 作詞:若杉雄三郎
作曲:畠山駒夫 |
さぁ〜らば ラバウルよ〜 また来るまでは〜 |
しぃばし別れの 涙がにじむ〜 |
恋しなつかし あの島見れば |
椰子の葉陰に 十字星 |
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(了 ) |
火山とおばあちゃん。
戦争博物館にあった羅針盤。沈没した船の中から見つかったものだとか。
サイモン家とタナカ家。最後に一緒に写真を撮りました。 |